友達が一人行方不明

*あ、別に深刻な話じゃないので軽く読んでください。


ついに向こうで公開されましたね、スター・ウォーズが。
私にとってはドラえもんと同じく小さいころからスター・ウォーズを見てきたのでもはや人生の一部です。エピソード1の時(当時中学生)は、映画館でスター・ウォーズの新作が見られるということに感動を覚えた記憶があります。

さてさてそのスター・ウォーズ
個人的には映画の範疇で語られるべきものではないと考えています。
もはやスター・ウォーズスター・ウォーズという独立した一つのジャンルなのではないか、と思います。何年かに一度ある“お祭り”とも言えるでしょうか。どうしても映画という観点以外にも強烈な世界観を持っているが故に「如何にスター・ウォーズであるか」という視点も抜かすことはできないし、どれだけスター・ウォーズがその人に影響を与えたかという個人的な思いも加えなければなりません。もちろんこの傾向は他のシリーズモノについても言えることですが、もはやアメリカ文化の一つになってしまってるスター・ウォーズは特別にそうした傾向が強いと思われます。(この傾向が強い他の作品はマトリックスであると思います)

そうしたモノについて映画としてどうこう言うのはスター・ウォーズを局所的にしか見ていないのでスター・ウォーズに対する正当な評価かと言われると疑問を感じます。(ただ、日本人である前に人間だ!というのと同じでスター・ウォーズである前に映画だ!と言えば映画としての評価はできるでしょうけどね。)というか、ジョージ・ルーカスという人はさほど演出に関しては天才的な手腕を持っている人ではないので、演出という観点から見れば、特に新三部作のうちの1と2は凡作という判断が下ると思います。手腕は同期のスティーブン・スピルバーグの方が数段上です。
一番わかりやすい比較は、マイノリティ・リポートトム・クルーズが工場で追っ手から逃げ回るアクションシークエンスとスター・ウォーズエピソード2のアナキンとアミダラ姫が同じく工場内で逃げ回るアクションシークエンスだろうと思います。両者は、工場で数々の作動している機械からの邪魔を受けつつ追っ手から逃げるという共通点を持っています。
まぁここはそれぞれの感性に依拠してしまうんでしょうが、この対決では圧倒的にマイノリティ・リポートの方がアクションのさばきがクリエイティブです。工場の各機械の特性を活かしたアクションシーンです。一方スター・ウォーズはと言えば、あまりに要素を詰め込みすぎたせいか散漫なシーンで、工場の機械を巧く活かしきっているとは言えません。
と、ちょっとそれましたが、このようにルーカスは監督について飛びぬけた才能を持っているわけでないと思います。(誰かがおっしゃっていたのですが、ルーカスはクリエイターではなくスター・ウォーズという一つの大きなビジネスを成功させたビジネスマンだ、とのこと。この表現は言い得て妙です。)ですからスター・ウォーズスターウォーズとして見た方が私たち観客としても幸せになれるのではないかな、と思います。それだけスター・ウォーズというブランドはでかい。

またも独善的なスター・ウォーズ論を展開させていただいたところで、こんなニュースが。

http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/p-et-tp0-050520-0013.html

うは。。。
さすがスター・ウォーズ。経済損失が658億ってこりゃまたすごいですね。
たしかに私も学校休んで見に行きたいですね。(一応日本公開は7月9日の土曜なんで安心。)
私には私なんか比較にならないくらいの熱狂的なスター・ウォーズファンである友人が数人おります。
ところが最近その友人の一人と連絡がとれないのです。
他の友達に聞いたところ、一緒にとってる授業の出席(いわゆる代返)を頼まれたとのこと。どうやら旅行に行くとか言ってたらしい。
因みに連絡が取れなくなったのは先週の水曜らへんから。つまり18日から。




・・・・・ん?




スターウォーズ・エピソード3公開は5月の19日ですよね?




・・・・・・・。




ま、まさか・・・。