ダークナイトがアカデミーレースからはずれたってさ。

ダークナイトは間違いなく、僕の中ではぶっちぎりの今年一番どころか、マイライフベスト10にも入る傑作中の傑作なのです。
何がいいかって語りだすと、こんなページじゃ語りきれないくらいの良さが詰まってるので、全てを言うことはできませぬが、
今回、意外なところのできのよさは、音楽だったんです。

ハンス・ジマー、と書くと、またあなたはハンス・ジマーの話題ですか、と言われそうだけど、
いかんせん、映画音楽にはまるきっかけがハンス・ジマーだったもんで、しょうがないでしょうに、
と言い訳をしつつも、そう、今回の音楽担当はかのハンス・ジマー(とジェームズニュートンハワード)だったわけです。
ノーランの仕切り直したバットマン一作目でどういう事情かは知らんが、このコンビが今回やりますよーと発表されて、
映画音楽ファンはパイレーツオブカリビアン以来の「ちょwwwジマー自重wwww」でした。
なんでかって、そりゃ二人の作風知ってる人からすれば、コンビをくむ意味が分からんのですよ。
なぜならガチ打ち込みで分厚すぎるオーケストラのジマーと
割と軽快であまり打ち込みをアピールしないハワードなんて作風が違いすぎる。
二人が一緒にやったところで相乗効果なんて産まれっこない、なんて見方が当時は大方だったように記憶しております。
まぁ結果は、その通りで、なんとなく二人がお互いに遠慮してるかんじがあったこともあり
違和感炸裂なかんじが僕にとっては中途半端に感じられたものでした。

で、今回の2作目、(ハワード)と書いた通り、恐らくハワードはハーヴィーデントのテーマくらいしか作ってなくて、
メインどころの多くは(アイディア出し合ったかもしれないが)ジマー主導で進められたであろう作品になってました。
この思い切りがまず成功の要因の一つだろうと思っていますが、(ハンス・ジマーの音楽的な成長が昨今著しいのも注目点の一つ)、
何よりダークナイトの音楽を傑作たらしめているのはモチーフの単純さ、と、音の出しどころの見極めだと思うのです。
見た皆さん、ジョーカーのテーマ、覚えてますか?歌えますか?おそらく多くの人は「うーん、、、」でしょうが、
しかしあの雑音とも言えるキーーンという音を聞けば必ず思い出すはず。
「あ、ジョーカーが出てくる。」って。
例えば踏み切りの音が鳴れば私たちは「電車が来る」と思い、クラクションの音がすれば「車が来た。」と思う。それと一緒。
キーンとなれば「ジョーカーが来る」と私たちは身構えるのです。
単純だから、耳に残るし、物語上もジョーカーが強烈なので嫌悪対象の音として無意識にすりこまれてしまっている。
これって実は相当凄いことで、帝国のテーマがなったからベイダーが出てくる、とかいう次元ではないのです。
なぜなら音楽を作曲したわけではなく、もはや効果音を「創造」してしまったからです。
言うなれば、シューコーという吐息を聴いて、ベイダーが来る、と思うのと同じ次元。
映画の凄まじい出来(例えばジョーカーの造形)から、
キーン→ジョーカーが何かやらかす、という観客の圧倒的恐怖心を強烈に呼び覚ます。これが凄い。
また、モチーフがシンプル故に、いろんなところで使えるわけです。
特に最後のアクションシーンでバットマンのテーマとジョーカーのテーマが絡み合うところは音楽演出の巧妙さもさることながら、
凄まじくかっこよくて、これぞジマーというセンスを見せつけられる瞬間でもあります。
そして音の出しどころ。
たくさんの名シーンがあるのですが、今回はあえてレイチェルの救出シーン。
それまでにアクションシーンは何回かあって、ビギンズのころからあるアクションのモチーフがちょいちょい出てきながらも、
しかし全貌を表すこともなく、淡々と映画は進みますが、
レイチェル救出のシーンで観客が「えーっ!」と思った瞬間完全なかたちで「ドーン」と鳴りだす。
とんでもないアドレナリン噴出スイッチとなっております。
しかし、いつものジマーならピースメーカーばりにずーっと鳴っているのですが、今回、抑えるんですよ!
盛り上げたと思ったらいきなり編成小さくしたり、演奏も抑えたり。
いや、これがね、また緊張感を生むんですよ。
「はやく、はやく」と観客が思ってるところに
ひたすら同じリズムで静かになり続けるので、手に汗握るったらありゃしない。
そう、今回のジマーは「抑える」のです。そしてフラストレーションがたまるころに「ドカーン」と気持ちよく音楽が鳴る。
しかし鳴るといっても鳴りすぎない絶妙なバランス。
そして言うまでもなく最高に音楽的演出がきまっているのは、
ゲイリー・オールドマンが語りながらバットマンがバイクを運転し、ドーンとタイトルが出る瞬間。
辛すぎる役回りを選ぶバットマンへの畏敬と、悲しすぎるハーヴィーデントの末路と、ジョーカーへの言葉にできない恐怖と、
いろんな感情がたまっているところで、そして音楽もためにためた後に、
ジョーカーという緊張からの解放とメインテーマを高らかに放出するあの瞬間。
この瞬間、僕はあまりの衝撃に涙が出たのですが、劇場では大拍手が起こってました。まぁ公開初日だったのでね。

そうもう一つ書いておくべきことがあって、それは先にもちょっと書いたジマーの音楽的な成長の著しさ。
ジマーがハリウッドに来て第一次転換点だったのはおそらく傑作クリムゾンタイドだったように思います。
ご存知の通り90年代はこのスタイルがハリウッドを制覇してしまいました。(最近でもまだ残党がたくさんいる。)
で、それ以来ジマー自身も行き詰まったかと思った作品も多かったのですが、
2003年に第2次転換点を迎えたのでは、と僕は見ています。
きっかけはジマーのベストの一つ、ラストサムライでした。
ラストサムライ以降、ジマーの音は地に足付いた、円熟味の増した音にかわっていきます。
何よりただ鳴らしていた昔に比べれば音楽的完成度が全然違うんじゃないかと思うのです。
例えばパイレーツの一作目は転換前、2作目からは転換後、ですから、
ジマーの作風の変化がわかりやすいサンプルではないかと思います。
そしてパイレーツ3という(音楽だけは)傑作を残し、このダークナイト
細かく書くともっとたくさんあるのですが、全部書くと夜が明けてしまいそうなので、これくらいで。
ハンス・ジマーはこれからの活躍が本当の見所だと僕は強く思います。


ノンアカデミーは残念ですが、まぁこういうタイプの作品はアカデミーでは嫌われるというか、
そんな気がするので別にいいんじゃないでしょうか。
かえってこれでみんなが注目してくれればなおよしかと。



ジマーはこうやって傑作を出してくるから、やめられないんですよ。